「東京都美術館開館100周年記念 大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画 」取材レポート。応挙、歌麿、北斎…約200件の至宝が里帰り
東京都美術館

世界最高峰のミュージアムのひとつである大英博物館。同館の約4万点におよぶ日本コレクションから、江戸時代を彩った屛風、掛軸、絵巻、浮世絵版画など約200件を選り抜いて紹介する展覧会「東京都美術館開館100周年記念 大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱~海を越えた江戸絵画」が、東京都美術館で開催中です。会期は2026年10月18日(日)まで。
※画像に特別な記載のないものはすべて大英博物館所蔵です。




海を越え、時代を超えて受け継がれてきた日本の美
ロンドンの大英博物館は1753年、世界初の国立公共博物館として創立。約800万点もの収蔵数を誇り、古代エジプトやアジア、ギリシャ・ローマなど8つの所蔵部門を擁しますが、なかでも網羅的・体系的に収集された日本美術コレクションは、量・質ともに海外屈指と高く評価されています。その背景には、19世紀後半に欧州を席巻したジャポニスムの流行と、日本文化に魅了されたコレクターたちの存在がありました。
プロローグでまずスポットを当てるのは、お雇い外国人として日本に滞在し絵画を蒐集した外科医ウィリアム・アンダーソンや、造幣局に勤めながら古墳研究のため銅鐸・埴輪・石器などを蒐集したウィリアム・ガウランド、彼らの蒐集品を評価し、大英博物館への受け入れに尽力した学芸員オーガスタス・ウォラストン・フランクスなど、コレクションの礎を築いた5人のキーパーソンです。

彼らの貢献と、それに伴って残された多彩なジャンルの日本美術作品の資料展示は、コレクションが単なる海外への流出品の集積ではなく、日本文化に深い関心や愛情をもった人々の先見性や、理解と普及を促進する研究活動の積み重ねによって形成されたものであることを示しています。
彬子女王殿下が発見された《法隆寺金堂壁画 九号壁 模本》、初の里帰り
前半の第1章「花開く江戸絵画」では、江戸絵画を中心に、主に室町時代から明治時代までの絵画作品を時代順で紹介しています。
冒頭を飾るのは、1949年の火災で焼損する以前の法隆寺金堂九号壁画「弥勒浄土図」を原寸大で写しとった、桜井香雲の《法隆寺金堂壁画 九号壁 模本》です。元の壁画は聖徳太子による法隆寺建立後、7世紀後半に制作されたもの。画面中央には華麗な天蓋のもと、蓮華座に座す弥勒菩薩が描かれ、在りし日の色彩の名残を今に伝えています。


本作は、2007年に彬子女王殿下が学芸ボランティアとして大英博物館に勤務されていたおり、コレクションのカタログ調査中に偶然発見されました。その後の調査により、壁画に感銘を受けた明治時代の英国外交官アーネスト・サトウが、復古やまと絵の流れを汲む絵師・香雲に制作を依頼した後、アンダーソンに贈ったものだと判明。現存する模写のなかでも最初期に位置付けられる貴重な作例です。大規模な修復と新たな表装が施され、初の里帰りを果たしました。
図録に寄せられた彬子女王殿下のコラムでは、明治期に同館で日本美術の鑑定に携わった古筆鑑定家・古筆了任による評価記録が、作品の来歴を辿るうえで重要な手がかりとなった経緯も明かされており、日英文化交流の確かな歴史が感じられます。
約150年ぶりの再会!日英米に分断された、狩野派の絢爛な襖絵群
本展のハイライトが、桃山時代末から江戸時代初期の間に制作された、金銀の切箔、砂子といった多彩な加飾が輝く襖絵群です。

大英博物館所蔵の《秋冬花鳥図襖》と、青森県中泊町の旧家・宮越家所蔵の《春景花鳥図襖》。近年の調査により、この2件は狩野永徳の実弟・宗秀の門人である狩野宗眼重信の手による一組の襖絵であったことが判明しました。
本展では2件に加えて、かつて《秋冬花鳥図襖》の反対面を飾っていたアメリカ・シアトル美術館所蔵の《琴棋書画仙人図襖》と、《春景花鳥図襖》の反対面を飾っていた宮越家所蔵の《名所風俗図襖(三保松原・清見寺)》も特別出品。奈良県桜井の多武峰妙楽寺(現・談山神社)から、明治の廃仏毀釈によって売却、分蔵された寺宝4組が紆余曲折を経て、約150年ぶりの再会を果たしています。

色づいた楓、雪化粧の檜など、秋から冬に移ろう季節の中に多数の水鳥が優美に描かれているのが《秋冬花鳥図襖》。続く《春景花鳥図襖》では、白梅の枝やウグイス、雪解けの渓流といった春の兆しから満開の桜の春景色へと移り、金銀の切箔や砂子が画面全体に夢幻的な趣を添えています。こうした四季の移ろいは、日本美術における典型的なテーマのひとつ。そこには、調和のとれた理想郷という象徴的な意味も込められていました。

桃山後期から江戸初期の狩野派の特徴である水の群青色の深さや、番のキジの精緻を極める羽の表現、盛り上げ彩色で立体感を加えられた山桜など見どころは尽きませんが、注目したいのは2件の絵の接続部です。分離していた岩や水辺がつながり、飛来する雁の構図にも連続性が見られるほか、引き手のデザインが同一である点も両作の一体感をより高めています。不完全だったものがあるべき状態に戻った姿は、誰しもの胸を打つのではないでしょうか。

一方で、中国の文人に重んじられた琴・棋・書・画という四つの教養を描く《琴棋書画仙人図襖》は、金箔や金の絵の具、緑青など、貴重な素材が贅沢に用いられ、さらに格調を高めています。これらの襖絵群がもともと、徳川家康の命により置かれた妙楽寺の学頭(寺の統括責任者)の屋敷内部を飾るために制作されたことを踏まえると、本作には屋敷の主の威厳を示す役割もあったのかもしれません。
圧倒的な筆致の緻密さに息をのむ、円山応挙の「虎図」
江戸中期~明治時代にかけての絵画作品は特に充実しており、なかでも注目したいのは、円山応挙の《虎の子渡し図屛風》の初里帰り展示です。

本作は、「母虎が3匹の子を産むと、そのうち1匹は凶暴な彪(ひょう)であり、目を離すと他の子虎を食べてしまう」という中国の故事に取材した、応挙中期を代表する優品。徹底した写生表現で知られる応挙らしく、母虎と子虎の毛並みは、細い筆を幾重にも丁寧に重ねることで驚くほど柔らかく描き出されています。

もっとも、当時の日本に虎は存在しておらず、応挙は身近な飼い猫をモデルにしたと伝えられています。そのため瞳孔は猫のように細く、猛獣でありながらどこか親しみを覚えるのも本作の魅力のひとつ。母虎が子虎を運ぶ川は、まるで雲海のごとく全面金地で表されていることから、裕福な依頼者のための制作であったことがうかがえます。

応挙は生涯で数多くの虎図を手掛けており、本展には掛軸の《虎図》も出品。細長い画面に正面を向いた虎を大胆に収めた構図の妙が光る一作で、物陰から猛獣と対峙しているかのような緊張感が漂います。《虎の子渡し図屛風》と見比べると、毛の一本一本まで描き分ける執念とも呼ぶべき筆致の緻密さがより鮮明になり、その美しさには時間を忘れ見入ってしまいます。

また、コレクションの特徴のひとつに、日本では十分に研究・紹介がされてこなかった作家たちの基準作ともいえる作品を多く含んでいるという点が挙げられます。江戸時代後期の岸派の絵師・河村文鳳が、相撲で賑わう人々の姿を巻子にユニークに描いた《鴨川武戯図巻》や、大阪の絵師・西山芳園による、擬人化された虫たちが大名行列を繰り広げる《虫行列図》などはその一例。作家の知名度にかかわらず、コレクターの審美眼によって蒐集された個性的な作品の数々は、日本絵画の魅力を再発見するきっかけにもなるでしょう。
写楽、北斎、広重――江戸を賑わせた8大浮世絵師の共演
後半の第2章「浮世絵――江戸の『いま』を映す万華鏡」では、江戸の熱気を映した浮世絵作品を取り上げています。

江戸時代、娯楽に満ちた大都市へと発展した江戸では、大衆が求める流行の着物や上演中の歌舞伎や役者、観光地といった情報をいち早く取り入れた浮世絵が大きく花開きました。肉筆画が比較的裕福な層のための鑑賞物だったのに対し、版画は絵師・彫師・摺師による分業によって大量に制作され、安価で広く流通。子どもから大人まで気軽に絵を買って楽しむという、世界でもまれな出版・鑑賞文化を形成しました。

しかし、江戸の人々にとって浮世絵版画は、流行が過ぎれば捨てられてしまう消費物でもありました。その美術品としての価値を早期に見出したのが、アンダーソンやアーネスト・サトウなど、明治時代に来日した西洋人たちだったのです。
展示では、鈴木春信から鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、初代歌川豊国、葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳まで、錦絵によって浮世絵が黄金期を迎えた頃のスター絵師8人の作品、100件以上を紹介。美人画、役者絵、風景画、武者絵など多彩な作品を通して、浮世絵版画が江戸の「いま」を映し出したメディアであったことを伝えています。


写楽の《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》や、国芳の《相馬の古内裏》など、誰もが一度は目にしたことのある代表作の優品も目白押し。海外では「グレート・ウェーブ」の名で親しまれている北斎の《「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」》は、輪郭線の美しさや藍の発色が際立つ貴重な初摺りが展示されており、その保存状態からもコレクションの質の高さがうかがえます。

日本橋の大名行列を正面に捉えた広重の《「東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景」》は、「東海道五拾三次」シリーズを代表する一枚としてよく知られています。本展では、その「朝之景」とよく似た《「東海道五拾三次之内 日本橋 行列振出」》が併置されていますが、実は「朝之景」が初版、「行列振出」は図柄を変更して刊行された後版、いわゆる「変わり摺」です。

浮世絵版画において、配色や摺り方を変えた変わり摺は珍しくありません。一方でこの2作が、季節を夏から春へと改め、橋詰に集まる行商人を増やすなど、主要な構成要素に大胆な変更を加えている点は特筆すべきでしょう。東海道の旅の出発点であり、シリーズ第1作でもある日本橋は、シリーズ全体の印象を左右する重要な一枚です。版元はシリーズの再版にあたり、日本橋らしい賑わいをより印象的に打ち出そうとしたのかもしれません。
晩年の歌麿の傑作《文読む遊女》など、迫力の肉筆浮世絵も
また、本章では200点を超えるという肉筆浮世絵の所蔵作品群から、近年再発見された歌麿の《文読む遊女》や北斎の《「万物絵本大全」版下絵》をはじめ、鳥文斎栄之、河鍋暁斎、菱川師宣らの作品も紹介されています。

歌麿の肉筆画は、世界に約50件しか現存していません。なかでも《文読む遊女》は最も大ぶりなもののひとつですが、大英博物館に入る以前は、ほとんど存在が知られていなかったそう。正装した遊女が文を読むひとときを、鮮やかな色彩と繊細な筆致で描いた作品で、私的な時間なのか、大きくくつろがせた上着や打掛、控えめにのぞく首元がなんとも艶やかです。
晩年の歌麿は、手鎖の刑を受けたことを境に心身ともに衰えたとされ、「見るべきものはない」とまで言われることがあります。しかし、本作に見られる生き生きとした表情や丁寧な衣服の描写は、そうした逆境のなかでも尽きなかった制作意欲と確かな画力をうかがわせます。

北斎の《「万物絵本大全」版下絵》は、絵入百科事典の出版が実現しなかったからこそ、彫師の手に渡らず奇跡的に現存した103点の版下絵群です。得意とした動植物や自然の諸相にとどまらず、従来の百科事典ではほとんど取り上げられなかった古代インド・中国の宗教主題にまで挑んでいる点が特徴です。
長らく行方不明とされていましたが、2020年に大英博物館がまとめて購入し、世界的なニュースになりました。今回はそのうち8点を公開。一作品としての魅力はもちろんのこと、晩年の北斎がどのような企画に情熱を傾けていたのかを物語る、きわめて重要な史料といえます。

このほか、北斎の肉筆画は《為朝図》《歌占図》《流水に鴨図》の3件が出品。《為朝図》は、曲亭馬琴作・北斎画による読本『椿説弓張月』の完結を祝し、版元が北斎に制作を依頼した大幅の力作です。金箔や金泥、胡粉が惜しみなく使われており、祝賀の絵にふさわしい豪華な一幅に仕立てられています。すっきりと洗練された版画のイメージで親しまれている北斎の印象をガラリと覆す濃密な世界に、思わず目を奪われます。

暁斎は即興的な戯画も得意とした多才な絵師で、欧米の美術愛好家たちから人気を博しました。《鳥獣戯画 鼠曳く瓜に乗る猫》と《鳥獣戯画 蛙と兎の相撲》は、いずれもアンダーソンの依頼に応じて制作されたもの。後者は明らかに国宝《鳥獣人物戯画》を下敷きにしています。
日本美術を体系的に収集していた英国人の依頼に、こうした古典的な画題で応え、あえて「やまと画」の印を捺しているところに、暁斎の古典への敬意が感じられます。同時に、自らをその系譜に連なる絵師であることを示す意味合いもあったのかもしれません。

一方、肉体から解放された骸骨たちが墓場で踊り騒ぐ様子を描いた《骸骨遊戯図》も、暁斎らしいユーモアあふれる一作。こちらは小説家アーサー・モリソンの旧蔵品です。骸骨の描写は、弟子として迎えた英国人建築家ジョサイア・コンドルから贈られた解剖学資料を参照したものだといわれています。コンドルは後に、自身の暁斎コレクションをもとに画法を解説する著書を刊行。暁斎の、ひいては日本美術の魅力を海外に広めることに貢献しており、こちらも日英の文化交流を端的に物語る作品といえるでしょう。
大英博物館に受け継がれてきた名品を通して、海を越えた文化交流の歴史を実感できる本展。これほどの質と規模を誇る作品群が日本を離れていることに、一抹の寂しさを覚えつつも、日本美術を愛する人々によって大切に守られてきたからこそ実現した里帰りといえます。国内で一堂に会するこの機を逃さず、ぜひ会場に足を運んでみてください。
「東京都美術館開館100周年記念 大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画」概要
| 会場 | 東京都美術館(東京・上野公園)企画展示室 |
| 会期 | 2026年7月25日(土)〜10月18日(日) |
| 開室時間 | 9:30~17:30 ※金曜日は20:00まで ※入室は閉室の30分前まで |
| 休室日 | 月曜日、10月13日(火) ※ただし9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)は開室 |
| 観覧料(税込) | 一般 2,300円、大学・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,600円 ※18歳以下、高校生以下無料。 ※そのほか、詳細は公式のチケットページをご確認ください。 |
| 主催 | 東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、大英博物館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション |
| お問い合わせ | 050-5541-8600(ハローダイヤル) |
| 展覧会公式サイト | https://daiei-ten2026.exhibit.jp |
※記事の内容は取材時点のものです。最新情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。